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プロフィール
齊藤 勇貴(さいとう ゆうき)
千葉県出身 28歳
Santa Monica College・Cinema専攻に入学。主席で卒業後、ロス時代の友人2人と「YENSTAR pictures」を設立。現在、東京フィルムセンタースクールオブアート、UTB映像アカデミー講師の両校にて講師としても活躍。
賞歴:初の自主制作映画「TRIANGULATION POINT」にてShort Shorts Film Festivalで「観客賞」「審査員奨励賞」をW受賞。ロス国際短編映画祭で「最優秀監督賞」ノミネート。

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インタビュー写真2

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若手発掘プロジェクト

映画監督を志し、ハリウッドへ。
8年の渡米生活で確信したものとは?

1)映画監督を目指したきっかけを教えてください。

小学生の頃、テレビの洋画劇場で「Back to the future」の1と2を、2週連続で見たんです。過去と未来を行ったり来たりしているあの自由な世界観に心打たれたのを覚えています。

 

それから、実際に映画監督が何をやるのか?なんてまったくわかっていなかったのですが、「オレはハリウッドに行って、映画監督になる!」と言い始めました。

 

卒業文集にも、そう書いてあります。ので、高校を卒業したと同時に、ハリウッドに渡りました。

ずーっと、「ハリウッドに行って、映画監督になる!」って言い続けてきたので、後には引けなくなっちゃったんだと思います。【勇言実行】(勇貴が行った事は、全部本気で掴みに行く!という意味です)という言葉をモットーにしているくらいですから。

 

ハリウッドに渡ってから、【勇言実行】のために、ひたすら映画制作に取り組んで来ました。

でも、8年後のある日、卒業したColumbia College-Hollywoodで文化庁在外研修員として、僕がアシスタントをしていたNorman Powell氏(大ヒットテレビシリーズ“24”などの作品を手がけたプロデューサー)に言われたんです。

 

「Yuki, このままハリウッドにいても、映画監督になれない。」

 

って。それだけを目標に突き進んで来た僕にとって、師匠のあの言葉はきつかった。しかも、献身的にアシスタントをしてきたNormanの最終日だったので、ショックもまた大きかった。

でも、Normanは僕が【本気】ということに気づいて、口先だけでない【本気】のアドバイスを最後にくれたんです。「このままハリウッドにいても、、、」っていう言葉がキーワードだったんです。

 

「ハリウッドで活躍する外国出身の映画監督は必ず母国で映画を撮って成功を収めてから、ハリウッドのアンテナに引っかかった監督なんだ。お前は日本人だろ?日本の映画の現場の何を知ってるんだ?」と続いたNormanの質問に、答えられない自分がいました。

 

 フィルムメイキングの一から、ハリウッドで学んだ僕にとって、日本の現場のことなんて意識したこともなかったんです。

 

「オレたち、ハリウッドのプロデューサーはそういう風にお前を見るんだ。一度、日本に帰って、一本長編撮ってこい。それを持って、おれのところ(=ハリウッド)に帰ってこい。」

 

ハリウッドの最前線で闘っている男の【本気】のアドバイスに、稲妻が走ったような衝撃を受けて、そこには「Yes, sir.」と答えている自分がいました。

それから、8年前に何も知らずにハリウッドに乗り込んで来たように、荷物をまとめて日本の映画界に乗り込んで来ました。

 

それが今から2年前のことです。最初はシステムの違いに戸惑いましたが、今ではハリウッド時代から一緒に組んでいるプロデューサー2人と一緒に、「オレたちにしかできない映画」をモットーに、初長編映画の脚本開発を行っています。

 

2)『帽子屋さんのお客様』の脚本をお読みになってどう思われました か?

 このルーキーズスタジオでは、僕がトップバッターをということで、コンペに勝った全ての脚本に目を通すチャンスに恵まれました。9本の中から、「帽子屋さんのお客様」を選んだのは、一番、僕が撮る意味を感じたからです。僕のチームは、世界に視野を向けている海外帰りのクルーが中心です。河童という日本古来からいる妖怪に、僕たち海外組のエッセンスが加わると、とんでもない作品に化けるんじゃないか?というワクワク感にかられました。「世界に一番近い作品はこれだ!」って、直感的に思ったんです。

3)映像化にあたってどんな演出プランを練りましたか?

 まず、脚本家の後藤さんと一緒に、徹底的に本と向き合いました。後藤さんが作り上げた世界観を壊さないように、でも、大胆にいろいろな要素を付け加えて行きました。そして、常に意識したのは、世界に向けて発信するということです。世界の名高い映画祭で上映されているところをイメージしました。アイディアを加えて、観客からスタンディングオベーションをもらえるところまでイメージできたら、採用して行きました。日本に向けて語られる河童の話なら今までいくらでもあった。でも、世界のお客さんに向かって語られる河童の話ならどうだ?って気持ちです。日本的なアニメ−ションでの河童の説明を冒頭に入れて、それをフランス語で話させたり、主人公をハーフにしてみたりと、いろいろと工夫をしていきました。後藤さんは、僕の注文に文句1つつけず、挑戦する勇気を持っている人で、本当にやりやすかったです。僕が付け加えた要素が、どういう風に後藤さんの世界観の中で反応するのかを目撃するのは、本当に楽しい作業でした。 

4)今回、プロから学生さんまで様々なスタッフに参加していただき、 皆さんのパワーが映像から伝わってきました。 4日間の撮影中現場でのことを聞かせてください。

まず、「僕は才能あるアーティストだ!」なんてことは、これっぽちも思ったことはありません。

ただ、適材適所に優秀なアーティストを配置して、その人たちが最大限の力を発揮できるようにモチベーションをUPさせてあげることが、僕の仕事だと思っています。

 

映画は一人では作れません。特に僕の場合は、一人だと本当に 何も出来ないんです。だから、優秀なスタッフが集って、初めて仕事ができるのです。

 

今回のクルーは、ハリウッド時代から一緒に組んでいる気心知れた仲間に、邦画界の最前線で活躍されているプロの方々が加わり、僕の生徒達(映画学校で講師もしています)がアシスタントに付くという、いろいろなバックグラウンドの人がミックスされている若いチームでした。

 

僕の現場の初日には必ずスタッフ全員が円陣を組み、撮影に向けての意気込みを語らしてもらっています。

これは、「バベル」の撮影にスタッフ(通訳)として参加したときに、アレハンドロ監督がやっていたのは、勝手に継承したものです。自分の映画に対する気持ちをストレートにぶつけるんです。

 

今回は、「新鋭発掘のルーキーズスタジオの一本目で、将来の日本映画界を背負って立つ若者達とは、オレたちであるということを、この映画で証明しよう!」という気持ちを素直に伝えました。

 

現場が始まってから、肝に銘じていることは、映画が進むべき方向をしっかりと見据えて、最終判断をするということです。どんなに周到に準備して臨んでも、現場では予想を超えることが見事に続きます。

 

時間がなくなってくるとスタッフの視野はせまくなります。時間内に終わらせることも大事ですが、一番大事なことは、映画館で最後に笑うことです。

監督は、スクリーンに映る全てのことに、責任を持たなくてはいけないのです。映画館で最後に笑うために、現場では視野の広い判断をすることが重要です。

 

そして、キャストは、オーディションを勝ち抜いたフレッシュな子役3人に、脚本を読んですぐに顔を思い浮かべ、その気持ちを正直に書いた手紙と今回の企画の主旨に賛同して特別に参加してくれた大御所サプライズゲストの方の4人。

 

夏休みの間、子役と一緒に稽古に励んで来ました。

今回の現場で一番うれしかったことは、主人公の男の子の成長を見れたことです。彼は今回の撮影が初の映画の現場。

一方、河童の姉弟を演じた2人は、子役ながらも現場の経験は豊富でした。

 

稽古のとき、3歳年下の子役に「元気だしなよ!」って言われて、悔し涙を浮かべていた彼。

「やりたいけど何をしていいのかわからない。演じることが恥ずかしい」という感じでした。

演技指導うんぬんではなく、1人のお兄さんとして信頼されなくてはと思い、子役を連れて上野動物園まで足を運んだこともありました。

関係者の方々のご理解には、深く感謝しております。m(--)m

 

とにかく、一緒の時間を共有することで、子役達との距離を縮めていくのに、必死でした。

不安半分、期待半分で現場に乗り込んだのですが、4日という短い撮影期間の中、河童との交流を経て成長する役さながら、彼は大きく成長しました。

 

立派に役者として考えて感情をコントロールしている姿をモニター越しに見たとき、本当に熱いものがこみ上げて来たのを覚えています。是非、このまま演技を続けて行ってほしいものです。

5)現在、ポストプロダクション作業に入られていますが、ここでも多くのスタッフにご参加いただいていますね?

ポスプロの技術が向上している現代において、クランクアップ時では映画制作の過程の50%にも見た無いではないでしょうか?

料理で言えば、素材がキッチンにのっただけに過ぎません。

どう料理するかによって、料理の味は大きく変化して行きます。

 

よく、「ポスプロに頼るのは、良くない。」という声も聞きますが、僕にとっては、「Why not?(なぜ、ダメなの?)」です。

ある技術は、とことん使って行こうと思います。

 

さきほどでも述べたように現場では計画通りにいかないことも多々ありますし、今回の撮影も例外ではありません。

現場で補えなかったことは、ポスプロのテクニックを最大限に利用して、堂々と補って行こうと思います。

 

そして、ここでも監督としての仕事は変わりません。優秀なスタッフの最大限の力を引き出しつつ、映画が進むべき道を指示していくだけです。

 

特にポスプロスタッフは現場の和気あいあいとは異なり、孤独の作業との闘いになりますから、接し方には最大限の注意を払います。

6)今後のルーキーズスタジオに期待することがあればお聞かせください。

僕のわがままに最後までつき合ってくれた北村プロデューサーには、心の底より、感謝しております。

回りが何と言おうと、僕のことを常に信頼してくれます。

監督にとっては、その信頼こそが全てなのです。

これから一緒に組む監督にも、同じように信頼して上げて下さい。

 まず、僕、そして僕のスタッフにこのような機会を与えて頂いたことに深く感謝致します。

 

僕自身、この撮影を通してまだまだ若くて青臭いことを痛感しながら、大きく成長できていると実感しています。

そして何より、やっぱり映画作りって楽しいな〜と再認識できました。ここまでわがままを言わせて頂いた分、映画館で一緒に笑えればと思います。

 

その日のために、一生懸命に頑張りますので、今後も温かく見守って頂けると幸いです。

 

まさに、【勇言実行】するのみです。

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